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14話. 新しい住まいのルール

Author: 6jay
last update publish date: 2026-10-09 12:46:14

撮影再開は2日後に延期された。パラダイス・アイランドは、外部スタッフの入退場管理をめぐって放送局と別途調査を進め、制作陣は先に東京で撮る部分を進めることにした。

新しい宿は、南麻布の超高級ペントハウスではなかった。放送局が長期で借りた、隅田川沿いのサービスアパートメントのワンフロアだった。

出演者四人に、それぞれ独立した客室が割り当てられ、固定カメラは共用ラウンジとキッチンだけに設置された。撮影時間も午前9時から深夜0時までに限られた。怜奈は、まず玄関に貼られた案内を読んだ。

【個室内の撮影禁止/浴室および着替える場所の撮影禁止/撮影中止を求める権利の保障/共用カメラの位置の事前告知】

「やっと、まともな番組らしくなりましたね」

怜奈が言うと、後ろにいた安全担当のプロデューサーが苦笑した。

「最初から、こうするべきでした」

田代は現場にいなかった。無許可カメラの件とは別に、出演者ごとのミッション指示が過剰だったと内部から問題提起があり、本社で面談中だという。解雇でも逮捕でもない。ただ、当面は現場の演出から外れた。

そのくらいのほうが現実的だと、怜奈は思った。一人いなくなれば、問題が終わるわけでもないのだから。

***

荷ほどきを終えてリビングへ出ると、黒崎が台本を読んでいた。

「映画の台本ですか?」

「ええ」

「引退したんじゃ?」

「引退宣言した役者は、台本を読んではいけない決まりでも?」

彼は閉じて、表紙を見せた。

『赤い夜』。怜奈はタイトルを読んだ。

「新作ですか?」

「準備中の作品です」

「黒崎さん、制作もするんですか?」

「共同プロデューサーとして名前は入ります。出資したからって、好きに人をキャスティングできるほどじゃないけど」

彼は笑った。

「先に言っておいたほうがいいと思って」

怜奈は閉じられた台本を見た。共同プロデューサーという言葉に、一瞬期待したのも事実だった。でも、彼が自分の名前を出す前から、役のことを聞きたくはなかった。今は、向かいにいる俳優が何を言おうとしているのか、最後まで聞くことにした。

「どうして、その話を私に?」

「あなたが女優だから」

黒崎の視線が、台本から彼女へ移った。

「それに、昨日、病院の前でカメラに向き合った姿を見ました」

「大したことは、してません」

「大したものでしたよ。準備もなく十の質問を受けて、一度も言葉がもつれなかった」

「褒めてます?」

「観察の結果です」

怜奈は笑った。

「じゃあ、私も一つ観察しました」

「何を?」

「黒崎さん、カメラが止まると、話し方がもっと普通になります」

彼は少し動きを止めて、笑った。

「それは褒め言葉ですか?」

「観察の結果です」

二人の間の空気が、少し軽くなった。

***

キッチンでは、神崎が卵を焼いていた。

「料理するんですか?」

怜奈が驚くと、彼は顔をしかめた。

「何でみんな、俺には卵も割れないと思うんだ?」

「イメージがあるでしょう」

「イメージで判断するなって言ったの、おまえだろ」

返す言葉がなかった。神崎は怜奈の前へ皿を押し出した。

「病院に行ってから、飯は食った?」

「食べました」

「何を?」

「おにぎり」

「ほらな。絶対そういう答えなんだよ」

「小言も言うんですね」

「得意だ」

そこへ、桐生がパソコンを持って入ってきた。

「撮影再開にあたっての、契約書の修正版が届きました」

神崎が露骨に嫌な顔をした。

「飯のときくらい、契約書をしまえよ」

「今度は読んでから署名しないと」

桐生は三部、テーブルに置いた。修正版には、共用スペースの撮影時間、個室を撮影しないこと、緊急の医療事情による降板と一時中断の条件が明記されていた。

怜奈は最後まで読んだ。それでも、すぐには署名しなかった。

「この条項なんですけど」

一か所を指した。

【出演者は、制作上必要な範囲で、他の出演者との関係の演出に協力するものとする】

「『関係の演出』って、具体的には何ですか?」

そばにいた担当の構成作家が説明した。

「デートのミッションや、会話のテーマの提案などです」

「では、そう書いてください」

一瞬、静かになった。怜奈が付け加えた。

「後で、お互いの記憶が食い違わないように」

桐生がごく小さく笑った。

「よい契約は、記憶の代わりになります」

担当の構成作家は、本社に修正を依頼した。30分後、文言が変わった。

【制作陣はデートのミッションおよび会話のテーマを提案できる。ただし、出演者の身体接触、告白、相手の選択を強制しない】

怜奈は、そこでようやく署名した。

黒崎も。

桐生も。神崎は一度文章を読んで、言った。

「これからは、何かする前に聞かないといけないわけだな」

怜奈が答えた。

「前から、そうするべきでした」

「わかった」

今回は冗談にしなかった。その夜、四人は初めて、撮影なしで一緒に食事をした。

デリバリーの料理だった。黒崎は辛いものがほとんど食べられず、桐生はメニューの栄養成分を見ていて、神崎に文句を言われた。

「飯のときまで数字を見るな」

「ナトリウムが多いので」

「今日一食で死にはしないだろ」

怜奈の口元が少し緩んだ。

「社長は、こういうところでも社長なんですね」

桐生が箸を置いた。

「では、一ノ瀬さんは、撮影がなければどんな人ですか?」

「私?」

考えてみると、すぐに答えは出なかった。ここ数年、仕事をしていないときは病院にいて、病院にいなければ、また働いていた。

「よくわかりません」

そう言うと、四人とも静かになった。最初に空気を和らげたのは黒崎だった。

「なら、これから知っていけばいい」

神崎もうなずいた。

「時間はあるだろ」

その言葉を聞くと、怜奈は不思議と胸が詰まった。時間があるなんて、自分の人生に当てはめて考えたことがなかった。

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